​チベット仏教Q&A

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1.

日本仏教とチベット仏教の違いはなんですか?

それぞれの伝統、特色はありますが、同じ仏教です。仏・法・僧の三宝に帰依するのが仏教徒で、「日本仏教徒」とか「チベット仏教徒」が別々に存在するわけではありません。

アジア各地に仏教は広まっていますが、なかでもチベットの教えは日本の教えに近いものだといえます。盛んに信仰されているのは、お釈迦さまのほか、阿弥陀仏、薬師仏、観音菩薩、文殊菩薩、弥勒菩薩などですし、もっともポピュラーなお経は『般若心経』です。密教の実践が盛んな点も共通しています。かつてはスリランカやインドネシアなどにも密教の教えが伝わっていましたが、今は失われています。中国でも、弘法大師空海が恵果阿闍梨から学んだ流れは中国では絶えてしまい、今、中国密教と呼んでいるのは、明や清の時代にチベットから伝わったものです。
日本との違いとしては、宗派が日本の鎌倉仏教の諸宗派のように実践法でわかれているのではなく、同じ宗派のなかに坐禅のような瞑想も、密教も、浄土信仰も、倶舎や唯識、中観のような仏教学も存在します。宗派ごとの傾向や特色はありますが、実践されていることにさほど違いがあるわけではありません。血脈(けちみゃく。系譜)による違いで、日本でいうと生け花や茶道の流派に近い性格のものです。

2.

チベット仏教にはどのような宗派がありますか?

ニンマ派、カギュ派、サキャ派、ゲルク派を四大宗派と呼んでいます。古代チベット王国では国家事業として仏教の導入がおこなわれ、チベット大蔵経の大半はこの時代に訳されました。その時代に伝わった密教(古タントラ)とチベットに招かれたパドマ・サンバヴァ(チベット人はグル・リンポチェという敬称でお呼びしています)が将来のために埋蔵したとされる教え(埋蔵経=テルマ)を実践するのが、ニンマ派です。実際には古訳(ニンマ)時代の教えの総称で、宗派としての統一性があるわけではありません。
古代王国崩壊後に伝わった教えを新訳(サルマ)といい、サキャ派やカギュ派はこの時代に伝わった密教の修行をおこないます。
ゲルク派だけは特別で、インドから伝わった教えではなく、開祖のツォンカパが各宗派の教えを学んで、それらを統合して成立した宗派です。
アティシャの教えを伝えるカダム派のラムリム(菩提道次第)やロジョン(心の訓練法)、瞑想の中で自分の身体を切り刻んで三宝に捧げ魔に施すシチェ派のチュウのように、組織としての宗派はなくなってしまっても、他派のなかで教えが継承されているケースもあります。

今から百数十年前、東チベットのカム地方で、サキャ派のジャムヤン・ケンツェ、カギュ派のジャムグン・コントゥル、ニンマ派の埋蔵経発掘者(テルトン)のチョギュル・リンパを中心としてリメー(超宗派)運動がおこり、彼らは教えを交換しあい、失われた埋蔵経は再発掘して教えを編集し、後代に残しました。チベットの教えが亡命後も海外で盛んなのは、彼らの努力に負うところが大きいです。

3.

ダライ・ラマの属するゲルク派が正統派で、ニンマ派は異端なのですか?

そんなことはありません。そもそもダライ・ラマはチベットの政治的リーダーだったのであって(過去形なのは、ダライ・ラマ法王は現在では政治的リーダーを退かれ、首相公選がおこなわれているため)、ゲルク派の長は任期制のガンデン座主(ざす)です。
チベットでは複数の宗派の教えの兼修が可能で、現在のダライ・ラマ14世も、先代の13世も超宗派の立場にたち、ニンマ派のゾクチェン(大究竟)の修行者でもありました。ダライ・ラマ法王がニンマの教えを授けられることもあり、2018年に横浜で授けられた観音菩薩(ジクテンワンチュク(世自在))の灌頂は、ニンマの教えでした。

4.

ニンマ派の高僧は結婚できるのですか?

仏教的には、比丘は結婚できず、女性と性的関係を持った時点で比丘としての資格を失います。ただ、比丘にならないと仏教の学習や修行ができないということはありません。チベットには日本でいう山伏(やまぶし)に相当する有髪(うはつ)の密教行者も多く、そういう方は当然結婚できます。比丘の戒を返上して結婚することも問題ありません。仏教的には捨戒(しゃかい)といって、破戒(はかい)=戒律違反とは区別されます。
ゲルク派は大僧院主義をとっていて、伝統的にはゲルク派の修行者は比丘のみです。

5.

リンポチェはどのくらいいますか?

「リンポチェ」は高僧への敬称なので、制度として「リンポチェ」を名のるとか、「リンポチェ」に認定される、ということはありません。高僧の生まれ変わりとして認定される、ということはありますが、これもお弟子さんたちは自分の先生の生まれ変わりを探したがるため、増え続け、総数は誰も把握していないと思います。
ダライ・ラマ法王は、「高僧の生まれ変わりに認定されることと、その人が教えを説くのにふさわしい学識や修行経験、人格を備えていることは別で、肩書で判断しないように」、ということを、ことあるごとにおっしゃっています。

6.

チベット仏教独特といわれる「輪廻転生制度」とはどういうものですか?

マスコミなどで、ダライ・ラマ法王など高僧が亡くなられると、生まれ変わりの少年を探してその地位を継がせる制度を「輪廻転生制度」という名称で紹介することがあるのですが、これは誤解を生みやすい言い方だと思います。
日本を含めた伝統仏教では、人は死んで終わりではなく、果てしない生まれ変わりを繰り返しているとされ、その苦しみから抜け出すこと(解脱)が目指されます。しかし高僧方は、すでに輪廻を抜け出すだけの修行は積んでいるのだが、利他の心で再び人間の世界に生まれ変わってくるとされています。これは菩薩としての誓願の働きによるもので、仏教的には生前の行い(カルマ、業)によっていやおうなく生まれ変わってしまうこととは区別されます。
チベットではそのような存在を「トゥルク」と呼びますが、これは仏教用語の「化身(けしん)」に相当するチベット語です。生まれ変わりの少年は「ヤンスィ」(再び・生まれる=生まれ変わり)と呼ばれます。

7.

チベット仏教では十数年かけて顕教の教えを終了してからでないと、密教の修行はできないのですか?

そんなことはありません。これはお寺に付属する仏教大学(シェダ)で、顕教学を修めてから密教の学習をおこなうことが、誤解されているのだと思います。ゲルク派の場合、専門の密教学堂もあります。
シェダの学問というのは、仏教の伝統を後代に正しく伝えるためのもので、その人が修行をおこなうのに必ずしも膨大な知識が必要なわけではありません。
ゲルク派の開祖ツォンカパがお籠り修行に入る弟子に与えた『ラム・ツォ・ナムスム(道の三要訣、三主要道)』という教えでは、「出離」(輪廻に執着の心を持たない)・「菩提心」(一切衆生を苦しみから解放するために仏陀の境地を目指す)・「正見」(「見解」=正しい空性の理解)の三つが挙げられています。単なる知識ではなく、これらのことを真に理解し、心にしみこんでいるかどうかが、修行の上では重要になってきます。

8.

チベット仏教の修行をするため、お寺にはいりたいのですが?

基本的にはおすすめしません。お寺は仏教の伝統を後代に正しく伝えるための組織で、個人が仏教の学習や修行をおこなうための施設ではありません。現在は、在家のままでも高度な仏教学を学んだり、密教の教えを授かる機会がいくらでもあります。
ゲシェ(ゲルク派。直訳すると「善知識」)やケンポ(他派。「僧院長」)と呼ばれる仏教を教えることのできる資格をとるならば別でしょうが、それはチベットのお坊さんたちにとっても極めて険しい道です。日本の場合、そういう資格をとったからといって、活躍できるチベット寺院やセンターがそれほどあるわけでもありません。
その険しい道を歩まれて「ケンポ」や「アムチ」(チベット医)の資格を取られた日本人の方も数は少ないですがいらっしゃって、その志の高さとご努力には、敬意を抱きます。そういった方に相談されてみるのもいいかもしれません。

9.

他の人を痛めつけるのに、密教の力を使ってもいいでしょうか?

これは絶対にいけません。チベットで盛んな無上瑜伽タントラの教えは成仏法、仏陀の境地に至るための実践で、仏陀の境地を得るのは、一切衆生を苦しみから解放するためです。
本格的な密教の修行を実践するためには灌頂を受ける必要がありますが、そのなかで声聞の戒律・菩薩の戒律・密教の戒律(三昧耶戒)を守る誓いを立てます。
利己的な目的や、他を害する目的で密教の教えを実践することは、戒律を根本から破ることになってしまい、その人自身にとってもきわめてよくない結果がもたらされます。