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空海に学ぶ仏教入門

空海の教えにこそ、伝統仏教の教義の核心が凝縮されている。弘法大師が説く、苦しみから解放される心のあり方「十住心」に、真の仏教の教えを学ぶ画期的入門書。

出版社

筑摩書房

​発売日

2017/10/5

​書評・レビュー

■『東方』34号/『空海に学ぶ仏教入門』書評(吉田宏晳) より抜粋

“(…)真言宗の開祖の空海は淳和天皇の勅命に応えて『秘密曼荼羅十住心論』と『秘蔵寶鑰』を献上したが,その内容はいずれも平安朝当時の日本の宗教(儒教・道教・仏教)を全て包摂し,それらの思想的優劣を判じて順位付けをするという,宏壮深密無比のものであった。儒教,道教,仏教の三教を比較する試みは,中国にもあったし,空海自身が24歳の時に『三教指帰』を著して行っている。しかし『十住心論』では前述の南都仏教平安仏教の全てを俎上に載せて優劣を論ずるのであるからその作業は広大無辺と言ってもよい。


さて,この『十住心論』『秘蔵寶鑰』を従来の学者や研究者のやり方とは全く違った仕方で解明し,20年以上も掛けてコツコツ勉強しなければとてもわからない書物(経論)の内容を分り易く解説した仏教入門書がここに開示された。すなわち本書である。


著者の吉村氏によれば,現代の仏教研究の多くは,明治以降もたらされたョーロッパ近代的仏教研究に基づいており,膨大な仏教文献の翻訳により,「釈迦のオリジナルな思想に到達することが目指された。」とし,これに対して伝統的な仏教理解は「仏教が何に苦しみの原因を求めるか」を様々なレベルで追及し,その苦しみを取り除く方法の多様性として捉えたと言う。したがってこの多様性は「仏教の後代の変質や他思想の混入」などではなく,レベルの違った苦しみを取り除く方法論の違いであり,空海は十住心思想によって「インドや中国から伝えられた様々な教えを,十の心のあり方に対応するものとして,体系化した」としている。吉村氏によれば,「仏教では我執一私たちが普通疑っていない,自分がいて,自分が捉えた通りの対象,世界があるという捉え方に実は問題があり,それこそが苦しみの真の原因だと説きます。」と言う。したがって,我執を無くせば苦しみは無くなることになるが,我執にもいろいろなレベルがあり,これを無くすには修行に依らなければならないから,その修行法もレベルの違いがあるということになる。そこで本書では空海の十住心思想をこのような視座から丁寧に解説している。この詳細は本書に依って頂くとし,本書の終章について,若干のコメントをしておきたい。


釈尊は29歳で出城(出家)し六年間の苦行の後,転迷開悟(成仏)された。これによって何が解決されたのかというと,釈尊の出家の動機であるとされる, 生・老・病・死(四門出遊)の問題が解決されたのであろうと推定できる。事実,成道後の最初の説法は四諦八正道であり,そのうちの四諦とは苦・集・滅・道諦であった。このうちの最初の苦諦は出家の動機との関連で言えば生老病死等の四苦八苦であり, ヴェーダの宗教の説く輪廻転生である。釈尊はこの輪廻転生(生死の繰り返し)から解脱されたのであり, これによって大安楽・大自在の涅槃の境地を体得された。そしていかにしてこの境地を体得することが出来るかを,その最初の説法で五人の比丘に説かれた。それ故, 最初の苦諦は生死の苦であり,その原因の集まりが,集諦,その原因の集まりを無くす実践が道諦, 原因の集まりが無くなれば苦が無くなるから,これを(苦の)滅とされた。そこで問題は四苦八苦の原因の集まりとは何であるかということになるが,これこそ後の仏教徒が追及し,空海が追及したところのものに他ならない。空海はこれを『十住心論』で明らかにしたが,本書は正に釈尊仏教の本道に返って十住心を解明し,「空海に学ぶ仏教入門」としたのである。(吉田宏晳)”

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